Seoul Life

韓国のソウルに住んでいます。 日本語・韓国語教育関連、文化や政治、韓国で話題のニュースや舞台などについて書いていきたいと思います。

タグ:韓国

面白い動画を見た。
しかし、もし戦国時代にインターネットがあったら「本能寺の変」は起こらなかった?...
WHATS.BE

http://whats.be/117696


通信は人をつなぐというSo-netの広告映像。

最初はくだらないと思ったが、いろいろ考えた。

確かに、人をつなぐという意味でインターネットの果たす役割は相当の大きさを持つようになっただろう。


大学の授業で、初めてEmailを使い始めた文化人類学の桑山教授が、昨日知らないアメリカの学者に送ったレターに対する返事が今日来たことに興奮して、これは火・車輪・電気に次ぐ人類の革命的な発明だと言っていたのを思い出す。

それまでそんなことはありえないことだったのだ。

僕が子供の頃でさえ、外国のペンパルにメッセージを届けるのには1週間位かかったし、携帯電話や映像通話なんてSF映画の中だけの話だった。


電話はまず「~~さんのお宅ですか?」と尋ねてから、話したい友人を呼びださなくてはいけなくて、好きな女の子の家に電話するのにも、電話ボックスの中で何十分もドキドキしてからエイヤッとダイヤルを回したものだった。

昨日は大学生たちに20代に見られたけれど、こんな話をするとすっかりおじさんモードだ。彼らにはきっとこんな感覚は理解できないだろう。


つなげるというのはプラスの動詞だ。自動詞から先に発生した。切るとか裂くというのはマイナスの動詞だ。他動詞から先に発生した、破壊の動詞だ。


これだけ簡単に海を越えて人を「つなげる」ことができるようになったのに、まだまだ簡単には人が「つながって」行かないのは何故だろう。


結局のところ、線がつながって、画面で見えるようになるだけじゃあ足りないということだ。

五感のうちの目だけしか使っていない。

線と面と記号だけでは、声も匂いも雰囲気も笑顔も温もりもわからないし、手も繋げないしハグもキスもできない。


掲示板で自動翻訳のメッセージ越しに外国人と友情を培うのは相当難しい。実際に会ってしまえば、一緒にマッコリ居酒屋で一杯やるだけで生涯の友になることもできるのに。


今では映像だってあるしそれもいいけれど、やっぱり実際に行って会って握手して話して、食事して、笑い合うのがいい。


生命体は一つ一つの細胞がつながっているから生命体であって、バラバラになったら生きていけない。

つながっているからこその生命だ。


こんな意味で、つなげるというのは尊い仕事だ。

そして、農業でも飲食でも運送でも製造でも、どんな仕事でもたいていは人と人とをつなげる有機体の一部として機能しているのだろう。


大学生のみなさん、外国に出てみましょう。

ニュースの中でしか知らなかったあの国でも、そこで住んでいる人にとってはそれが人生の全てです。どんなことを考え、何を見て何を食べて何を呼吸しているのか、実際に自分の目で見てみましょう。

ネットの中の世界では絶対にわからなかった体験がそこではできます。

君も世界に繋がろう。


しかし、この映像に出てくる言葉遣いには考えさせられる。

これからの日本語教育はこんな言葉遣いにも対応していかなければならないのだろうか?

 



秋に、国際交流基金からの招待で、「祝/言」という日中韓共同制作の演劇を大学路の劇場で鑑賞した。
その記事が先日、国際交流基金のブログに出ていた。 


日・中・韓で共有された被災地の痛み―演劇「祝/言」
-長谷川孝治(青森県立美術館舞台芸術総監督、「祝/言」劇作・演出家)-

(国際交流基金ブログ) 



教授から行って見なさいと言われて行ったこともあり、事前にどういう話かまったくわからなかったため、一緒に行ったみんな(韓国人)はあまり期待していなかったようだったが、内容が素晴らしく、見終わった後に皆本当によかったと口々に言っていた。

自分も以前日中韓の共同制作作品2つの制作に参加したことがあったが、

(コンキチ http://youtu.be/80rJ4Rp3RIs)

(もう一つのシルクロード http://youtu.be/NMArUNRaYak)

このような作品こそ国際交流基金のような支援をする意味のある公演だと感じさせてくれる内容だった。


僕は途中、あの日のことを思い出しいたたまれない気持ちになったが、韓国の人々はどう感じていただろうか。


この作品の中で、東北の大学で中国人の先生のゼミ学生であった日本人青年と韓国人の女性が、東北の海岸沿いのホテルで祝言を上げることになり、日中韓の音楽家が集まって前日にリハーサルで合奏をする。

それはまさに文化の違いを超えた心の交流の場であった。

しかし、その直後、無情にも大地震と大津波が街を襲う。

生き残ったのは偶然その場にいなかった中国人の先生と福島出身の日本人の2人だけ。


この作品のために東北を始め韓国、中国を出演者とともに回って来たことが、写真とともに演出されていた。


あれからもうすぐ3年が経つ。

津波の映像を見つめ続け、ACの広告と緊急地震速報のシグナルがトラウマになったあの日々を思い出す。

あれから何ができただろうか。

あれからちゃんと変われただろうか。

あの日にたくさんの人たちにさようならをして、僕たちはいまどこへ行こうとしているのだろうか。 

今から10年ほど前、僕より少し年下くらいの韓国人の女の子がパソコンのキーボードカタカタと自由に叩いているのを見て驚いたことがある。
なぜなら、そんなふうにキーボードを自由に使いこなせる日本人の女の子はあまり見たことがなかったからだ。
その子は別にパソコンなどに詳しい感じではなくて、どちらかというと機械に疎い感じの女の子だったから、余計にギャップが感じられたのかもしれない。
今から10年ぐらい前の話だが、現在もそんなに状況は変わっていないのではないだろうか。
韓国ではほとんどの携帯はスマホに変わってしまった感があるが、日本は未だに6割がガラケー(画面をタッチしないやつ)だ。
僕の高校・大学の同期の中でも、mixiやFacebookなどで連絡を取れる人はせいぜい半分ぐらい。
今日報道されたニュースでは、携帯電話への依存度が高い生徒が問題行動が多いと伝えていたが、使っている携帯電話の82%はスマートフォンだという。ということは、まだ2割弱はガラケーで携帯依存になっているわけだ。
ブラインドタッチにとどまらず、コンピュータそのものの家庭への浸透も、まだ完全に市民権を得た感じがしない。
それが「遅れている」と素直に感じられるほどに、韓国ではITが、だいたい40歳程度以下のほとんどの層に浸透している。
一つには、9割に迫る異常なまでの大学進学率が高さがあるだろう。
日本では、大学に行けなくても出世ができない位で食べるのには困らないだろうが、韓国では食べていけないらしい。
この国は、おそらく儒教に由来する学者志向で、小さい頃から運動よりも勉強ばかりに熱を上げさせる。
日本の大学のキャンパスは運動部の掛け声、音楽系の部の演奏の音などで放課後は賑やかなのが普通だと思うが、韓国のキャンパスはそういうものがあまり見られず、校内は静かなことが多い。
(実際は校外で飲んで騒いでいたりするのだが)
日本のあとを10年、20年遅れて辿っていると言われる韓国。
高度情報化社会で、これからどこへ行こうとしているのだろうか。

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