Seoul Life

韓国のソウルに住んでいます。 日本語・韓国語教育関連、文化や政治、韓国で話題のニュースや舞台などについて書いていきたいと思います。

タグ:平和

「今日私が通ったこの道を、北と南のすべての人々が自由に行き来できるようになり、今私たちが立っている、胸痛む分断の象徴である板門店が平和の象徴になるならば、一つの血筋、一つの言葉、一つの歴史、一つの文化を持った北と南は元通り一つになって、民族万代にわたって末長く繁栄を享受することでしょう。」――金正恩国務委員長

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今日は歴史的な一日となりました。

南北の首脳の出会いをスマホの生中継で見ながら、言葉に表すことのできない感動を覚えました。
今までどれだけの人々がこの日を待ち望み、夢見ながらどれだけの努力を重ねて来たことか。

そして、何度も「一つ(ハナ)」という言葉を挙げて、南北が一つであることを強調する金正恩国務委員長の言葉を聞きながら、バスの中で涙が止まりませんでした。

板門店宣言の日本語訳は出ていますが、2人の所感発表の訳はまだどこにもないようですので、私が金正恩国務委員長の言葉を全文訳したものをここに掲載したいと思います。

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[板門店宣言] 朝鮮民主主義人民共和国 金正恩国務委員長の所感発表 全文


「親愛なる皆様、北と南と海外の同胞の兄弟姉妹たち。

本日、私と文在寅大統領は、分裂の悲劇と統一の熱望が凝縮されているここ板門店で、歴史的な責任感と使命感を抱いて初会合を持ちました。私はまず始めに、首脳の出会いと会談の成功的な開催に向けて多くの労を尽くしてくださった文在寅大統領と南側の関係者の皆様に深い謝意を表します。また、我々のためにありとあらゆる真心と努力を傾け、盛大に迎えてくださり、一つの血筋、一つの兄弟、一つの民族としての温かな情を寄せてくださった南の同胞の皆様に感謝の言葉を申し上げます。

北と南が今日こうしてまた両手を合わせるまでに、実に長い時間が流れ、私たちは皆あまりにも長い間、この出会いを心を一つにして待ち続けてきました。いざこうして顔を合わせてみますと、北と南はやはり分かれて生きることなどできない一つの血筋であり、周りのどんな民族とも比べようのない同族であるということを切に感じ、熱く込み上げる思いが致しました。こんなにも近くに住む私たちは、対決し、戦わなければならない異民族ではなく、団結し、和やかに生きるべき一つの血筋を引き継いだ一つの民族です。一日も早く、全ての同胞が心から平和に、幸せに生きる道を拓き、我が民族の新しい未来を開拓していく決心を抱いて私は今日、板門店の分離線を越えてここに参りました。

私と文在寅大統領は、私たちの出会いを切望し、熱烈に支持し声援を送ってくださった北と南のすべての同胞の望みと期待を重く受け止め、南北の人民たちが切実に願う問題の解決のため、多くの議題について真剣に議論しました。何よりも、すべての同胞が戦争のない平和な地で繁栄と幸福を享受する新しい時代を切り開いていく確固たる意志を一つにし、これに向けた実践的対策に合意しました。

そしてすでに採択された南北宣言と、すべての合意を徹底的に履行していくことで、関係改善と発展の転換的局面を切り開いていくことに致しました。私と文在寅大統領は、先ほど、本日の会談で合意された議題とその具体的な措置を反映させた朝鮮半島の平和と繁栄、統一に向けた板門店宣言を採択し、署名致しました。

私たちが本日北と南の全人民と世界が見守る中で署名したこの合意は、歴代の南北合意書のように駆け出しだけで終わってしまう残念な歴史が繰り返されることのないように、私たち2人が膝を突き合わせて緊密に話し合い、協力し合うことによって、必ず良い成果が結ばれるように努力して参ります。

今日私が通ったこの道を、北と南のすべての人々が自由に行き来できるようになり、今私たちが立っている、胸痛む分断の象徴である板門店が平和の象徴になるならば、一つの血筋、一つの言葉、一つの歴史、一つの文化を持った北と南は元通り一つになって、民族万代にわたって末長く繁栄を享受することでしょう。

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南北及び海外の親愛なる皆様。

固い意志を持って最後まで推し進めてゆけば、閉じていた扉も大きく開かれます。北と南が理解と信頼に基づいて民族の大義を先に考え、それ以外のすべてのことを控えていくならば、南北関係はさらに加速し、統一と民族の繁栄もより早く達成できることでありましょう。

偉大な歴史はひとりでに生み出され記録されるものではなく、その時代の人間たちの誠実な努力と熱い息吹の結晶であります。この時代の私たちが、民族の和解と団結、そして平和繁栄のために必ず生み出しておかなければならないすべて、生み出すことのできるすべてを完全な形で実現しておくことをもって、自らの歴史的責任と時代的な義務を果たしてゆかなければならないのです。

その道には北風もあれば逆風もあり、挫折や試練もあることでしょう。苦痛なくして勝利はなく、試練なくして栄光がないように、いつの日か、苦労してたどり着いた今日のこの出会いと、あらゆる挑戦を乗り越えながら民族の進むべき道を手を取り合って一緒に切り開いて行った日々を、懐かしく思い出す日が来ることでしょう。

皆様。
私たちは皆で心と力を合わせ、知恵を集めて平和繁栄の新時代、新たな夢と希望が待っている未来へと一歩一歩歩幅を合わせ、前進して行きましょう。本日合意した板門店宣言が、今我々の会談の結果を切なる思いで見守ってくださっている皆様の期待に少しでも報いるものとなり、新しい希望と喜びを与えてくれることを願います。

南北首脳の出会いと会談が見事な実を結ぶことができるよう全面的な支持と惜しみない励ましを送ってくださった北と南、海外のすべての同胞たちにもう一度熱いお礼を申し上げます。そして、私たちの歴史的な出会いに大きな関心と期待を示してくださった記者の皆様にも謝意を表します。ありがとうございました。」

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(韓国語原文 全文: 聯合ニュース
http://v.media.daum.net/v/20180427211608491

[판문점 선언] 김정은 북한 국무위원장 발표 전문

한국어 원문


친애하는 여러분 북과 남 해외의 동포 형제 자매들.

오늘 저와 문재인 대통령은 분열의 비극과 통일의 열망이 응결되어있는 이곳 판문점에서 역사적인 책임감과 사명감을 안고 첫 회담을 가졌습니다. 나는 먼저 수뇌상봉과 회담의 성공적인 개최를 위하여 많은 노고를 바치신 문재인 대통령과 남측 관계자 여러분들께 깊은 사의를 표합니다. 또한 우리들을 위해 온갖 정성과 노력을 다 기울이며 성대히 맞이하여주고 한혈육, 한형제, 한민족의 따뜻한 정을 더해준 남녘 동포들에게 감사의 인사를 드립니다.

북과 남이 오늘 이렇게 다시 두 손을 맞잡기까지 참으로 긴 시간이 흘렀고 우리 모두는 너무 오랫동안 이 만남을 한마음으로 기다려 왔습니다. 정작 마주 서고 보니 북과 남은 역시 서로 갈라져 살 수 없는 한 혈육이며 그 어느 이웃에도 비길 수 없는 동족이라는 것을 가슴 뭉클하게 절감하게 되었습니다. 이토록 지척에 살고있는 우리는 대결하여 싸워야 할 이민족이 아니라 단합하여 화목하게 살아야 할 한 핏줄을 이은 한민족입니다. 하루빨리 온 겨레가 마음 놓고 평화롭게 잘 살아갈 길을 열고 우리 민족의 새로운 미래를 개척해나갈 결심을 안고 나는 오늘 판문점 분리선을 넘어 여기에 왔습니다.

저와 문재인 대통령은 우리의 상봉을 간절히 바라고 열렬히 지지 성원하여준 북과 남 온겨레의 소망과 기대를 무겁게 받아들이고 북남 인민들이 절실히 바라는 문제 해결을 위해 많은 의제들을 진지하게 논의하였습니다. 무엇보다도 온 겨레가 전쟁 없는 평화로운 땅에서 번영과 행복을 누리는 새 시대를 열어나갈 확고한 의지를 같이하고 이를 위한 실천적 대책들을 합의하였습니다.

그리고 이미 채택된 북남선언들과 모든 합의들을 철저히 이행해나가는 것으로 관계개선과 발전의 전환적 국면을 열어나가기로 하였습니다. 저와 문재인 대통령은 방금 오늘 회담에서 합의된 의제들과 그 구체적 조치들을 반영한 조선반도의 평화와 번영, 통일을 위한 판문점 선언을 채택하고 서명하였습니다.

우리가 오늘 북과 남의 전체 인민들과 세계가 지켜보는 가운데 수표한 이 합의가 역대 북남 합의서들처럼 시작만 뗀 불미스러운 역사가 되풀이되지 않도록 우리 두 사람이 무릎을 마주하고 긴밀히 소통하고 협력함으로써 반드시 좋은 결실이 맺어지도록 노력해나갈 것입니다.

오늘 내가 다녀간 이 길로 북과 남의 모든 사람들이 자유롭게 오갈 수 있게 되고 우리가 지금 서 있는 가슴 아픈 분단의 상징인 판문점이 평화의 상징으로 된다면 하나의 핏줄, 하나의 언어, 하나의 역사, 하나의 문화를 가진 북과 남은 본래대로 하나가 되어 민족만대에 끝없는 번영을 누리게 될 것입니다.

북과 남, 해외의 친애하는 여러분.

굳은 의지를 가지고 끝까지 밀고 나가면 닫겨있던 문도 활짝 열리게 됩니다. 북과 남이 이해와 믿음에 기초하여 민족의 대의를 먼저 생각하고 그 외에 모든 것을 지양시켜 나간다면 북남 관계는 더욱 가속화 될 것이며 통일과 민족의 번영도 앞당겨 이룩할 수 있을 것입니다.

위대한 역사는 저절로 창조되고 기록되지 않으며 그 시대 인간들의 성실한 노력과 뜨거운 숨결의 응결체입니다. 이 시대의 우리가 민족의 화해단합과 평화번영을 위하여 반드시 창조해 놓아야 할 모든 것, 창조할 수 있는 모든 것을 완전무결하게 해놓음으로써 자기 역사적 책임과 시대적 의무를 다해나가야 할 것입니다.

그 길에는 외풍과 역풍도 있을 수 있고 좌절과 시련도 있을 수 있습니다. 고통이 없이 승리가 없고, 시련이 없이 영광이 없듯이 언젠가는 힘들게 마련되었던 오늘의 이 만남과 그리고 온갖 도전을 이겨내고 민족의 진로를 손잡고 함께 헤쳐간 날들을 즐겁게 추억하게 될 것입니다.

여러분.

우리 모두 뜻과 힘을 합치고 지혜를 모아 평화번영의 새 시대, 새로운 꿈과 희망이 기다리는 미래로 한 걸음 한 걸음 보폭을 맞추며 전진해 나아갑시다. 오늘 합의한 판문점 선언이 지금 우리의 회담 결과를 간절한 마음으로 지켜봐 주고 계시는 여러분들의 기대에 조금이나마 보답하고 새 희망과 기쁨을 주게 되기를 바랍니다.

북남 수뇌 상봉과 회담이 훌륭한 결실을 맺을수 있도록 전적인 지지와 아낌없는 격려를 보내준 북과 남 해외의 전체 동포들에게 다시 한 번 뜨거운 인사를 드립니다. 그리고 우리의 역사적인 만남에 커다란 관심과 기대를 표시해준 기자 여러분들께도 사의를 표합니다. 감사합니다.
 

ソウルにいる日本人です。

13日に発生したパリのテロの犠牲者のためにFacebookのプロフィール写真をフランスの国旗であるトリコロールに染めることの是非が言われています。

この機能を非難する意見にも数種類あって、他のテロ犠牲者のことは祈らないのかというものと、テロだけでなく反対に米仏等の爆撃で死んでいる人々のことを全く考えていないのではないかというもの、意見の押し付けはよくないというものなどが見られます。


僕はテロの報に接した時、強い衝撃を受け、パリにいるかもしれない知人のことを考えました。

そして、Facebookのタイムラインがフランス国旗であふれるようになったとき、今度はとても強い違和感を感じていました。

それは、みんな無意識のうちに、テロを産んだその差別的構造に組してしまっていないか、という疑問でした。


ソウルに住んでいると、旗、特に日本の旗については敏感になります。

日本人だからと下手に日の丸を掲げたりできません。

旗というのは時にただのシンボル以上のものを持つものだと思います。


プロフィール写真をトリコロールに変えるのは、ザッカーバーグがその機能を用意してくれたので、とっても手軽にできます。

でもその手軽さが、無意識のうちに構造的暴力を助長してはいないかと気になるのです。


今回のパリでのテロは、政治的に言えば単なる不運な出来事ではありません。

フランスは今回のテロ以前に、すでに戦争を始めています。そして今回のフランスへの攻撃は、曲解を恐れず極めてシンプルに言えば、フランスが行った空爆への報復を受けたというだけのことに過ぎません。

この感覚がみんな抜け落ちてしまって、まるで善良な市民に無差別殺人犯が攻撃を仕掛けてきたかのように思っているふうに見えますが、これは一市民にとっては同じ不幸だとしても、地震とか津波とかとは根本的に違うものです。

もちろん親近感のある人や国に追悼の意を表すのは自然なことですが、戦争当事者の一方に親近感があるので、そちらだけを追悼し、その形として「国旗」を掲げるということになっているわけです。


旗というのはシンボルですから、何を象徴しているのかがポイントです。そして、一般的には国旗というのは国家を象徴するものです。

だからこそ、とても危険なものでもあると思っています。

人を集めるものであると同時に、人を分けるものでもあるからです。

あなたは赤組なのか、白組なのか?

旗を掲げるということは、そういうシンプルな行為であり、オバマが “Show the flag” と言ったのも単純にはそういうことでしょう。

もし、市民という個人を追悼するであれば、それは国旗という形式はふさわしくないのではないかと思います。

往々にして、本来個人を守るべき国旗や国家というものの前で、国民個人は無力であり、しばしば犠牲になるものです。


一元的には、テロ行為の犠牲者に追悼の意を表すことはよいことかもしれません。

僕の知人に、ソウルに住んでいたフランス人がいます。彼も、Facebookのプロフィールをフランス国旗に変えていました。

フランスで仕事をしていたことのある友人もそうしていました。

僕はそれを自然なことだと思いました。

そのように、自分自身の持つ知人への親近感から、フランス国旗で哀悼の意を表したいという人もいるでしょう。

でもそれが、知人の街の死を悼むということでなくて、フランス人が可哀想だからとか、テロが許せないからとか、ニュースで見たからとか、そういう漠然とした雰囲気から「にわかフランス応援キャンペーン」になってしまうことを僕は畏れます。よく考えもせずに写真を変えて、期限が過ぎたら元に戻って終わりという人も少なくないかもしれません。


親戚や知人が亡くなったら当然葬式に行くでしょう。

でもそうでなくて、同じ近所に住んでいる人が亡くなったとき、金持ちの葬式には行くが、貧乏人の葬式には行かないとしたらどうでしょうか。

フランスの国旗を掲げることが、このような態度と大差がないように感じてしまうのです。

「戦争への道は善意で敷き詰められている」とも言います。

貧乏人の葬式は誰も教えてくれなくて、知らなかっただけかもしれません。

でも、どの国の被害者にも国旗を掲げて追悼しているような奇特な人を除き、善意であろうと、素直な気持ちであろうと、どんな理由があろうと、結局は、直接の関係のない第3者がフランスの国旗を掲げるという行為は、このようなダブルスタンダードの表れでしかありません。

日本に関係のある先進国のことはすぐにニュースになって皆心配するけれど、彼らが爆撃している国で死んでいく人のことは全く知らんぷりというのは、単に心理的距離の問題ではなく、この世界の構造的な問題だと思います。

意識するとせざるとに関わらず今回の出来事の背景に対立構造があるとするならば、このトリコロールの機能はこの対立構造に対してなんら良い影響を与えないどころか、これを煽るものではないかと思うのです。

僕が感じた違和感の元は、ここにあったようでした。



それを教えてくれたのは、シリア出身でUAE在住の女性アナウンサー、シャハド・バッラードさんの「敬愛するパリよ、貴女が目にした犯罪を悲しく思います。でもこのようなことは、私たちのアラブ諸国では毎日起こっていることなのです。全世界が貴女の味方になってくれるのを、ただ羨ましく思います。」という言葉でした。


テロというのはただの無差別殺人ではありません。何らかの政治的目的を、暴力以外手段で訴えることができない時にとる暴力的行為のことです。

安重根というテロリストは、日本では暗殺犯ですが、韓国では英雄です。

チェ・ゲバラという人はアメリカにとってはテロリストですが、ラテンアメリカの世界では英雄です。

桃太郎だって、人間にとっては英雄ですが、鬼の立場から見たらテロリストに違いありません。


フランスはすでに戦争に参加していました。

よその国に空から爆弾を落とすというのは戦争をしているということです。

爆撃したら、爆撃し返されるのが普通に考えても当然のことでしょう。

彼らは爆撃機がないので、人が爆弾を抱えて行って自爆するという壮絶な手段をとることになります。

それがたまたまパリの中心部であったというだけです。

そして、「悪者」である彼らへの攻撃は「テロを殲滅するための正義の行為」であり、とがめられることがないのに対し、彼らの自爆攻撃はテロと呼ばれ、フランスの被害者は全世界から同情を集め、「文明に対する挑戦」であるとか言われる。


シリアを爆撃したフランス兵は、返ってきて息子の顔を見ることもできるかもしれませんが、自爆した兵士は命がけです。生命をかけてまでやらなければならない何かがあると信じているということですよね。

あなたならやりますか?

何もしなくても周りでどんどん人が死んでいく。同じ死ぬならば、一矢報いてやると考えるのは不自然なことではありません。

テロをなくすということは、その原因を、彼らの動機を取り除くということではないでしょうか。


自分はもしかしたらフランスに生まれていたかもしれないけれど、もしかしたらイラクやシリアやパレスチナで、もしかしたらテロリストの息子に生まれていたかもしれない。

有志連合の爆撃で路頭に迷っているシリアのあの子供は、これからどうやって生きていくのだろうか。

シリアを爆撃に行くフランスの兵士たちはどんな気持ちだろうか。

いまの世界にはそんな「Imagen=想像力」が決定的に欠けています。

そんな状況で、簡単な機能によってフランス追悼一色になってしまうことが、それを見る人に果たしてこのような問題に対する深い考えを起こさせてくれるか、僕は疑問です。

僕はそれで敢えて写真を空爆のものに変えました。


たった70年前まで日本は犯罪国家でした。そして、自爆テロと同じようにして自分の命をもってアメリカに一矢報いようとした若者たちがいました。

自爆テロと神風特攻隊は確かに違うものでしょう。

狙いが軍艦だとか市民だとか、名誉とか目的とか、そういうことではありません。

彼らを自爆に追い込んだものは、日本では「お国のため」という「名分」であり「命令」でしたが、自爆テロでは「使命」です。空爆でISの指揮官が死んだら、その部下が進んで次の指揮官になるでしょう。

そして昨日の爆撃で死んだ父親の子供が、次のテロリストになるでしょう。テロを殲滅すると威勢のいいことを言っていますが、テロを根絶するには、子供と母親まで皆殺しにしなければならないのでしょうか。


爆撃の結果平和が訪れた例として、日本という成功例があるという方もいるかもしれません。

戦後日本はかろうじて形式的には民主国家になりましたが、そのために100万の民衆が空襲や原爆で死ななければなりませんでした。

いま私たちはそれらが必要だったと言えるでしょうか。連合軍にはほかの道はなかったのでしょうか。

そして日本が得た知恵は、不戦という道だったはずです。


世界はまるで政府と商人たちのような強きものと、それに抵抗する弱い民衆の戦いのようになってしまっています。持てるものと持たざるものの対立と言っていいかもしれません。これは太古の昔から戦われてきたことかのようですが、実際は太古の昔はそうではなかったのではないかと思います。

生きるためにお互いが力を合わせなくてはいけなかった時、強きも弱きも互いに補い合って生きていたのではないでしょうか。

ひとつしかない、壊れかけた地球という船で、持てるものも持たざるものも一緒に幸せに生きるためには、やはり僕は持たざるものに組する者でありたいと思います。


繰り返しますが、身近に感じる人や国の出来事に心を痛めるのは当然のことです。

よく知らない出来事には興味も知識もないのはしかたのないことです。

だからといって、遠い出来事に目を閉ざすことを正当化し、その態度を改めないでいては、世界にはあるゆる意味で永遠に平和は訪れないでしょう。

ちょうど、沖縄の基地がいつまでたってもなくならないように。

原発の運用にたくさんの労働者の被爆が必要不可欠だとわかっているのにもかかわらず、また原発を立ててしまうように。

そういう人に、僕はImaginを歌う資格はないと思います。


Facebookってとってもお手軽ですよね。

哀悼の意を表すのはいいことです。でも個人的なことです。Facebookで全世界を相手にやると、どうしてもあっちとこっちに人を分けることになります。

どんなに追悼だと言っても、「私はフランスの味方」と宣言するのと大して違いがないからです。

時と場合によることでもあるでしょう。フランスが異常気象で被害を受けたのでしたら、ここまで問題にならないことかもしれません。

無意識だから許されることもあると思います。

同じように、無意識のうちに加担していることって、やはり怖いと思います。

しっかり意識していないと、爆弾はもうすぐそこまで来ています。



ユダヤ人は悪い民族であると彼は言った。
彼はユダヤ人を根絶やしにしようとした。
ドイツ軍は虐殺をした。
ドイツ人はひどい民族である。
でも反省をした。
ドイツ人とは付き合ってよい。

日本人は優秀な民族であると彼らは言った。
彼らはアジアを支配しようとした。
日本軍は虐殺をした。
日本人はひどい民族である。
日本人は反省をしていない。
日本人と付き合ってはいけない。

ドイツ人だから、虐殺したのか。
ドイツ人だから、謝ったのか。
ドイツ人とは誰か。
日本人だから、殺したのか。
日本人だから、謝るのか。
日本人とは、誰か。

あの国の兵士は誰を殺し誰を殺さなかったのか。
誰も殺さなかった軍隊があったのか。
空襲された200の都市で死んだ33万の日本人はどんな人々だったのか。
空から爆弾を落とした兵士たちはどんな人々だったのか。
日本軍の90万人の戦死者と140万人の餓死者は、誰に殺されたのか。
兵士たちは誰を助け、誰を殺し、誰を弔ったのか。
広島や長崎の悲劇は何故起こったのか。
ベトナム戦争では何があったのか。
ゲバラは何故戦ったのか。
アメリカは何と戦ったのか。
正義の国だからそれをしたのか。
アメリカ人とは誰のことか。
中国は侵略をしなかったのか。
中国人とは誰か。
チベット人は、内モンゴル人は、ウイグル人は中国人なのか。
国民を殺さなかった国はあるのか。
朝鮮半島は紛争のない地だったのか。
誰がアカで誰がシロなのか。
何がシロで何がクロなのか。
悪の枢軸は何を守っているのか。
正義の大国は何を守っているのか。
悪は誰の味方なのか。
正義は誰の味方なのか。
隣人を愛せよと言ったのは誰だったか?
万人への愛を説きながら何故敵への愛を否定するのか。

何を守るために戦い
何に狂い
何故命を落としたのか。

彼は国のためにそれをした。
彼は上官のためにそれをした。
彼は家族のためにそれをした。
彼は恋人のためにそれをした。
彼は自分のためにそれをした。
彼は何もしなかった。

旧約聖書では神の名のもとに選ばれた国の民が周辺の民族を根絶やしにする。
神とは誰か。
国とは何か。
国とは誰か。

あなたはどうしてこの国に生まれたのか。
あの人はどうしてこの国に生まれなかったのか。

あそこのお家とうちは違うのよ。
だからあのうちの子と遊んじゃいけません。

悪い奴が入ってくるといけないからうちは銃を買うことにしましょう。
この銃は高いけれども優れているから、うちはもう安心だ。

壁を作るのが教育か。
敵を作るのが平和か。
銃を持たせるのが安全か。

悪い奴は殺されてもしょうがないからな。
お父さん、悪い奴って、誰?

殺したものの母と殺された者の母は何が違ったのか。
殺人者の恋人と被害者の恋人は何が違うのか。
権力者の子供とホームレスの子供は何が違うのか。
田舎のネズミと都会のネズミは何が違うのか。
ニューヨークのスズメとラオスのスズメは何が違うのか。

人を殺すのが戦争だ。
人を狂わせるのが戦争だ。

人を殺すのが人間だ。
間違いを犯すのが人間だ。

しょうがないんだよ。
一人の力では何もできないからね。
隣の家でも、その隣の家でも、そのまた隣の家でもみんなそう言っている。
ではあの人物を選んだのは誰だったか?

人間は素晴らしい。
人間は愚かだ。
人間は人を生かす。
人間は人を殺す。
人間は人を生む。
そして人間はみな死ぬ。

宇宙人が地球に飛来した時、宇宙人は敵なのか?
人類はみな兄弟になるのか?
では何故まだ兄弟ではないのか?
人類はいつ兄弟になるのか?

あくの ていおうが せかいを やみに とざすとき、
ゆうしゃは いつ あらわれるのか?
かみは われわれの みかたなのか?

戦争はどこにある?
狂気はどこにある?

不信?
飢餓?
混乱?
競争?
欲望?
欺瞞?
忘却?
虚言?
憎悪?
独善?
無知?

楽園はどこにある?
天国はどこにある?
平和はどこにある?
愛はどこにある?
神はどこにいる?
そして悪魔は?
悪い奴はどこにいる?
敵はどこにいる?
敵は誰だ?

誰のために武器を手に取るのか?
一部の人間だけがそれをするのか?
あなたは殺さないのか?
召集令状があなたのもとに届いた時、
あなたは殺さない人間でいられるのか?

ぜんぶここにある。
みんなここにいる。
答えは誰も知らない。
答えはあなたの子供が知っている。
答えはどこにもない。
答えはあなたの手の中にある。

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