mixiをやらなくなってだいぶ経つ。韓国でやっている人が誰もいないということもあるだろうが、そのあまりにも平和的な雰囲気に僕は馴染めなくなってしまった。
一時期はFacebookも殆ど見ていなかったりしたが、こちらは今ではコミュニケーション手段としてどうしても重要な道具になってしまった感がある。

それでもたまにメッセージが来ていないかなとmixiを覗くことがあるのだが、そのたびにいつもどうしようもない違和感を覚えていた。
 
それは多分、震災の少し後からだったのではないかと思う。
mixiはもともと知り合い同士のゆるい繋がり&コミュニティサークルのSNSだったから、不特定多数とやりとりするTwitterや、海外とやりとりできるFacebookとは自然に住み分けができていった。
そして、社会問題の話題が全く登場せず、友達の日々の日記しか出てこないmixiには、僕は興味がなくなってしまった。

多分僕のFacebookのタイムラインは退屈でつまらないだろうと思う。美味しそうな食べ物も登場しないし、自分自身の生活から出てきたものは殆ど無くて、多くがニュースや社会問題を扱った記事とそのシェアばかりだ。

自分で見返してみてもつまらないと思うが、今はどうもこういうものにしか心を引かれないらしい。というより、全世界的に深刻な問題が多すぎて、のんきに遊んでいられない気持ちなのだろう。

人形劇に夢中になっていたあの時代が懐かしい。